初めて、照れなくなりました。

「その国はトオクニという名前」

1995年4月  芸術館ホール  作・演出:村上 秀樹




暗転(真っ暗)の中、"おキョウさん"の「さらさらさら・・・・」という台詞から幕が開く。

一人の男の子の誕生を何よりも待ち望み、喜ぶ彼の両親、天使、そして悪魔。

しかし、不幸なことが起こり、それぞれの思惑はすれ違い、その子をめぐって戦いが起こる。

悪魔って、本当に悪いものなのか、天使って、本当にいいものなのか。その価値観さえも揺らぐ。

最後に残るもの、それは、やはりわが子を思う父の「愛」、母の「愛」。そして、日常に残された人々。



ストーリーから離れるが、実はある人からメールを頂いた。

彼はずっと「赤穂浪士」から漠芝居を観てくれていたんだけれども。その彼の強い思い出として。

開演前の青い照明が好きだったという。「なんか、違った空間だということを実感できて」と彼は教えてくれた。

そういえば、漠の客入れ照明(芝居が始まる前の明かりのこと)って

私の中でもなんとなく青いイメージがあるよなぁ。



で、ここから本題。それまで。私はまだまだ「恥ずかしがりながら」芝居をしていました。



私が思うに。私の中で一番(観ていて)つらい芝居というのは

演じている本人が恥ずかしがっていたり、自信なさげに演じているもの。

その他のことだったら、全然平気で観れる。面白くなくても、観ていられる。

しかし、役者の「(演技ではない)照れ・自信のなさ」が見えてしまう場合。それが狙いならまだいいけど、

ちょっと直視できなくなってしまうのである。そういう時は大体下を向くか、焦点をはずす。

これだけは、駄目なのだ。



なぜこんなにも駄目なのか、と考えると、その時の役者の気持ちが痛いほど分かるから。

というか、勝手に想像して、自分で痛くなってしまう。

なぜなら、前に自分がそうだったから。で、落ち込む。自分もこんな風なことをやっていたのかぁ、と。



私はよく「照れが抜けない」といわれた。本人も、照れているつもりはないが「照れ」がある、という。

おそらく、どこかで「キレイでいたい、まともでいたい私」という心があったんだと思う。

出来ないけど精一杯やる、「出来ない」=そのことを「格好が悪い」と思っていた。

何でそこまで、「出来ない自分の惨めな姿を、さらさないといけないのさっ」て。

そう、「惨め」に見えることを、極端に避けていた。

というか、そういうことを「惨めだ」と思っていた。



なので。最初の頃の稽古も、私のできる範囲でしかしない。それ以上は、いわれるまで、しない。

で、モトが全然無いのに、それをセーブすると、そこには何もない。で、それ以上のことを言われる。

一応やるけど、それは、私にとって、私の容量オーバーなことであり、とても恥ずかしい。

それが「照れ」となって、出ていたんではないかな。



しかし。この「トオクニ」の稽古は、そんな私の気持ちをぶっ飛ばしてくれた。

というか、照れてなんかいられなかった。それほど、稽古は、怖かった(正直な気持ちです)。

前から、"村上氏"の稽古は凄い、と噂で聞いていた。でも何がどう凄いのか、よくは理解していなかった。

"村上氏"の稽古は、なんだろう、「個人戦」ではなく、「団体戦」。これが一番ぴったりするんじゃないかな。

シーンでのクオリティを要求される。つまり、自分だけがよくても駄目。相手もよくないと、シーン全体で怒られる。



今までは、いくら私が駄目でも、それで他人に迷惑をかけることは無かった

(というか、かけていたんだろうけど、それに私は気づくことは無かった)んだけれども。

今回は、私のせいで稽古が止められる、相方が怒られる(私ではなく、共演者というところがミソ)、

しかも、私のせいで、皆で居残り自主練である。自主練の終わりは、私が出来るようになるまで。

ホント、踊りの際は"今ちゃん"、"平戸氏"、"中山氏"、"関氏"、"フユノ氏"、"タッツィー"そして"もりち"

迷惑かけました、ホント。



さらに、ダンスがあった。私、今でもそうですが、踊ることは、ことのほか苦手。クラブとかは全然平気だけどさぁ。

でも、ここではそういう踊りではなく。もうこのときも恥ずかしさいっぱい。で、踊りの上手な人からどんどん抜けていく。

恥ずかしがっている私は、最後まで踊らされて、さらに恥ずかしい目に。もう「さらし者」だよな。

よく、昔の時代劇で、処刑の前に街をさらし歩く「引き回し」があったけれども。これほどまでに屈辱なのか、と。

さっさと殺してくれ、もしくは、自ら死なせてくれ。ホント、そんな気分だった。

初めて自分の限界を知ったときでもあり。これには、体力的にも参ったが、精神的にかなり参った。



今まで、私の人生の中で、これほどまで「劣等生」になった事が無かった。

私のせいで、他人にこんなにも直に迷惑をかけるなんて。しかも、皆、私を責めないのね。

とても優しいのよね。それがますます私を惨めにさせた。

で、この時にはもう、頭もいっぱいいっぱいで、恥ずかしいとか言ってられなかった。

もう必死。出来ないなら出来ないながらも、気持ちだけは伝われ〜、みたいな。



そして、毎回、「さらし者」になっているうちに、なんとなく、感覚が麻痺、というか。

もうこの人たち(同じ出演者)に、これ以上、なに見せても恥ずかしいことはないや、という境地に達する。

というか、恥ずかしいのにも慣れた。そして、気がつけば、舞台で、なにやっても恥ずかしくなくなった。

この「トオクニ」からかな。舞台上では何をやっても平気になりました。日常ではいやだけど。

でも舞台の上なら、本当に何をやっても恥ずかしくなくなった。これ、本当。



そして、"村上氏"の前でも、何をやっても恥ずかしくなくなった。

というか、もう自分の恥ずかしいもの、全部見られちゃったわけだし。これ以上恥ずかしいこと無いし。

そんな私の「恥ずかしいもの」ばかりを見せられた彼も、相当、頭痛かったんだろうし。

だから今でもね、自分の芝居を観て"村上氏"が何も言わなかったり、悪いところを言われないと、ちょっと調子が狂う。

逆に褒められたりすると、なんか、ますます調子が狂ってしまう。そういうところははっきり言ってくれる人なので。

だから"村上氏"と芝居のはなしをする時は、飲みの席が、私は好きだ。なんか、つついて話せる気がするから。



こうして想像をもしなかった形で、私は自分の「照れ」を捨てることが出来たのでした。

この時、この時期に、この作品に出演したのが、後から考えるとよかった。この後まだ「照れ」を引きずっていたら、

きっとそんなに芝居はしていなかったと思う。たぶん途中でいやになっちゃって。



そういう意味で、私の中で、ちょっとターニングポイント的な作品な訳ですわ。

何も守るが無い、こういう言い方はちょっと変だな、でもなんだろう、捨てるものが無い、というか、

そういう人は、何も怖くない。だから、強いんだと思う。



でも、なんとなく、こうして書きながら。

卒業してからの私、この頃のような「捨て身な芝居」って、していなかったように思う。

なんか、無難に無難にこなしてきてしまったというか。だって、稽古で「踊れ」って言われたら、

振りなしの即興だと多分恥ずかしくて踊れないんじゃないかしら、果たして踊れるんだろうか。大丈夫なのかな。

なんか、すごく「はっ!! いけない」と思ってきちゃった。この頃の気持ちを思い出せ、私。



モドル       もっとモドル

 

 

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